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上田スイ子
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上田スイ子(旧姓名 小池スイ子)1930年6月1日〜2020年8月21日 日本の主婦。 夫は一級建築士の上田隆二。 二人の息子(英之・泰次)の母。クリスチャンネームはサクレクール(Sacré-Cœur)。 [[ファイル:Suiko01-01.jpg|サムネイル|2014年 佐渡へ向かうフェリー上にて]] '''略歴''' 新潟市にて、父・正治、母・タケの四女として生まれる。末っ子であることから「すえこ」と名付けられるが、当時の新潟方言では「い」と「え」の発音・表記が逆になることがあったため、戸籍には「スイ子」と登録された。しかし、家族からは変わらず「すえこ」と呼ばれ可愛がられた。 小学生の頃から運動が得意で、特に徒競走では驚異的な記録を出した。後日、その噂を聞きつけた市の役員が記録の再測定に訪れたものの、その際は本来の実力を発揮できず、代表選出には至らなかった。しかし、その高い身体能力は健在で、17歳(1947年)の時には第2回国民体育大会(国体)に新潟県代表の体操選手として出場を果たした。 高校卒業後は新潟県庁の建築課に勤務し、そこで後に夫となる上田隆二と出会うことになる。 1949年12月 上田隆二と結婚、上京する。 1952年11月 長男 英之を出産 1957年6月 次男 泰次を出産 1969年4月 三鷹市立第一小学校のPTA事務作業員となる。以降約10年に渡り、小中学校の事務職アシスタントとして務める。 [[ファイル:Suiko01-02.jpg|サムネイル]] 1978年4月 隆二の転勤に伴い、石川県金沢市に転居。 2020年尿管がんにより永眠(享年90歳)。
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